AI
2022年02月18日
2023年度新増設大学|データサイエンス学部/学科(更新中)
2023年度に学部・学科の新増設が予定されているもののうち、データサイエンスの学びができるものをリストアップしました。
※主に、河合塾Kei-net 2023年度新増設大学・短大一覧より、データサイエンスの学びができる学部学科を抽出(2022.2.18時点)。不足がありましたら、コメントお願いします。
追加情報がありましたら、更新します。
【国立】
※主に、河合塾Kei-net 2023年度新増設大学・短大一覧より、データサイエンスの学びができる学部学科を抽出(2022.2.18時点)。不足がありましたら、コメントお願いします。
追加情報がありましたら、更新します。
【国立】
一橋大学 ソーシャル・データサイエンス学部
【公立】
【私立】
東北学院大学 情報学部 データサイエンス学部
亜細亜大学 経営学部 データサイエンス学科
順天堂大学 健康・データサイエンス学部 健康・データサイエンス学科
神奈川大学 情報学部 計算機科学科/システム数理学科/先端情報領域プログラム
亜細亜大学 経営学部 データサイエンス学科
順天堂大学 健康・データサイエンス学部 健康・データサイエンス学科
神奈川大学 情報学部 計算機科学科/システム数理学科/先端情報領域プログラム
北里大学 未来工学部 データサイエンス学科
東京情報デザイン専門職大学 情報デザイン学部 情報デザイン学科
京都女子大学 データサイエンス学部 データサイエンス学科
neco5959 at 15:48|Permalink│Comments(0)
2022年02月17日
2022年度新増設大学|データサイエンス学部/学科
2022年度に学部・学科の新増設が予定されているもののうち、データサイエンスの学びができるものをリストアップしました。
※出典:河合塾Kei-net の下記サイトよりデータサイエンスを学べる学科を抽出
2022年度新増設大学・短大一覧
【公立】
※出典:河合塾Kei-net の下記サイトよりデータサイエンスを学べる学科を抽出
2022年度新増設大学・短大一覧
【公立】
neco5959 at 22:47|Permalink│Comments(0)
2020年02月23日
シン・ニホン感想と大学DS/AI教育のゆくえ
話題のシン・ニホン読了。
AI・DS教育、統計やら、その基礎となる算数・数学教育などを仕事の一つにしていることもあり、内閣府等のAI戦略を牽引している、
第一人者の新刊は、必読と思ったからだ。
これからの教育系のイベントを開催したり、参加していることもあり、
大きな衝撃というより、教育関係については、ある程度の納得感を
持って読了した。
ただ、おおいに賛同するか、というと8割程度だろうか。
実際のデータに基づく、かなり過激な提案をされているので、
うなってしまう、というところか。
そこはさておき、趣旨としては、日本が将来、生き残るために
「データ×AI」のスキルまたはリテラシーを子どもたちはもちろん、
現役世代も身につけよう、それでもう一度、日本がブレイクの波に乗り、
日本の経済力や景気を、GDPを押し上げよう。
本当にそれが叶うと、いいなとは思う。
◎
ただ、DS・AI教育をリテラシーとして、日本の大学に普及させるにあたり、気掛かりなことはある。
というのは、DS・AI教育というのは、今までの日本のアカデミアにない分野。
DS・AIを使って、いかにドメインの専門分野に生かすかということで、
安宅氏も言われているように「研究者」を作ることが目的ではない。
となると、学問としては少し扱いづらい分野になるような気がする。
実際、DSの新学部を作っていても、いろいろな専門分野の教員の寄せ集めになっている。
いくら受験生の人気のある新学部になったとしても、
DSの専門研究者というのは出にくいわけで、そうなると一時の流行の学部になってしまう気もする。
新学部を作らないにしても、
大学としては、全体予算を大幅に増加するわけにはいかないのだから、
(文科省から特別なプロジェクト予算の応募はあるにはしても)
既存の教員があまりこの新分野について、よく思う気はしない。
誰が、この分野の本当の推進者になるのか。
DS・AI教育を成功させる場合には、学内的には、既存の学部への何らかの配慮が
あえて必要かもしれない。(ジャマをされないように)
また、内閣府も国家プロジェクトとして、支援しつづけたり、
企業側も、就職等でDS・AIスキルの優位性を裏付けるような実績を生み出し続けることも必要だろう。
日本に、アメリカと違い、統計学部が作られなかったような歴史も思い出す。
また根本的に、日本のアカデミアの構造なども、見直しすることも必要かもしれない。
いずれにしても、大学は、特に幹部層は
「これからの学生に大切な教育は、本当はなんなのだろうか」という視点で
それぞれの大学のあるべき姿を考えてほしい。
文科省が、内閣府が言っているから、というのではなく。
そして、政府も、これからの日本のありようを真摯に考えてほしい。
neco5959 at 19:29|Permalink│Comments(0)
2020年01月04日
ノートが取れない中学生ー新井紀子さんインタビュー雑感
続いて、新井紀子さんのインタビュー感想その2。
全面的には、この記事のストーリーに賛成できないのだが、
個々のエピソードの問題意識は、今の子どもの課題として取り上げるべきものがあるように思う。
さて、新井さんは、今の子どもが「ノートが取れない」話を紹介している。
「読む」「書く」訓練が少ないからだと言いたいよう。
実は、今の子どもの多くが、中学生になってもノートが取れません。ノートの取り方自体がわからない。成績下位の生徒だけでなく、中の上の生徒でもそうなんです。板書を写させると、写すことに「認知負荷」がかかりすぎるので、先生の話が聞けなくなります。板書に認知負荷が全て持っていかれてしまい、先生の話が聞けない状態なのです。本来ならば小学校3、4年生くらいまでに、先生の話を聞きながらノートが取れるようになってほしいのですが、それが難しい状況になっています。
インタビュータイトルにある「ノートを取る」は、
「先生の話を聞きながらノートが取れるようになる」レベルになることを
想定しているのだと思うが、
その「ノート」を取る作業というのは、いろいろな工程がマルチで進行している状況である。
今は、小中学生くらいだと、先生がバッチリ、ノートに取る内容を板書して、
「さあ、ノートに書いて」と生徒に指示がでて、
それを寸分違わず書き写すということがある。
この状況(黒板をノートに丸写し)から
先生が書かなくても(書きなさいと言わなくても)
重要なポイントを書き取るようになるというようになるには、訓練が必要に思う。
つまり、ノートに取る前に、「聞く」「理解」するという工程が入る。
この高次の作業は、小学校では特に訓練はしないのではないか?
ひょっとすると中学生もやらない。
とすると、高校生くらいで、先生の話を聞いて「ノート」を取るという工程を学ぶのか?
私自身は「ノートの取り方」なる授業は特に受けていないと思うのだが、どこかで会得したわけだ。
ちなみに、大学で、先生があまり黒板に書かず、「ノート」を取る講義というのもあったが、
一方で、先生の言葉を一字一句漏らさず書き留めるという講義もあった。
○
話のポイントをつかむこと。
書き留めること。
これは「ノートを取る」場合に発生する作業ではあり、
個々に論じたほうが整理されるような気もするが、
子どもが物事を把握するときには、「鉛筆(ペン)でノートに書き留める」ことが
ICTを利用するより、脳の刺激という意味で、よいような気がしている。
ここは、もう少し、引き続き、情報を集めてみたい。
【追記】
もちろん、オトナになってからPCで話を書き留めるのは、事後の作業効率化の観点で
アリだとは思う。
ただ、取材などだと、アナログ派で手を動かしたほうが、
後々の編集にいいような気もするんだけど、どうだろう?
neco5959 at 22:34|Permalink│Comments(0)
読解力をいかに身につけるかー新井紀子さんインタビューを読んで
読解力をいかに子どもに身につけるか。
動画ではなくて、文章を読む力、内容を把握する力。
特に、文中の以下の文章には、少し思い当たるフシが。
この「ストーリードリブン」とは、
目の前の文章に、感情移入してしまうことなのではないかと思っている。
事実把握にとどまらず、むしろそこに出てくるキーワードや設定に過剰反応してしまう状態のこと。
先日(2019/12/26)、算数・数学ワークショップ(主催:NPOマナビバ)の後、
オトナから出た意見だったが、
「ある小学生に、アメを使った文章題を出した。
その子の反応は、”アメでなくて、チョコレートがいい”ということで、
算数の問題の解答の方に、なかなかいかなくなってしまった」
とのこと。
こういうということなんだろうと思う。
国語の文章題ならともかく、算数の簡単な文章題で、これだと先生も大変である。
で、対策はどうするかだが、
強制的にでも、少しずつでも「本」を読む時間を作る(作らせる)しかないのだと思う。
家族(親)が本を読む姿を見せるしかないだろう。
そして、ヒトと会話をすることをいとわないこと。
(Business Insider)
新井紀子先生のご意見にはこの文章に限らず、全面賛成というわけではないのだが
賛同するところも、ある。今回の1人1台PCによるICT教育で読解力が本当にあがるかどうかはともかくとして。
PISAでの、学力の測り方はともかくとして。
「読解力」はやはり読書量が基礎になるのではないかと、やっぱり思っている。
特に、文中の以下の文章には、少し思い当たるフシが。
先日中学生に対して数学の授業を行った際は、数学を読解の問題として捉えて、特にストーリードリブンな読み方をしている女の子に対して、“正確に読む”方法論を伝えました。文章から適度な距離を保ちながら正確に読む読み方と、小説のように入り込んで読む、その両方の読み方ができると、この先の選択肢が広がるよと説得しました。
この「ストーリードリブン」とは、
目の前の文章に、感情移入してしまうことなのではないかと思っている。
事実把握にとどまらず、むしろそこに出てくるキーワードや設定に過剰反応してしまう状態のこと。
先日(2019/12/26)、算数・数学ワークショップ(主催:NPOマナビバ)の後、
オトナから出た意見だったが、
「ある小学生に、アメを使った文章題を出した。
その子の反応は、”アメでなくて、チョコレートがいい”ということで、
算数の問題の解答の方に、なかなかいかなくなってしまった」
とのこと。
こういうということなんだろうと思う。
国語の文章題ならともかく、算数の簡単な文章題で、これだと先生も大変である。
で、対策はどうするかだが、
強制的にでも、少しずつでも「本」を読む時間を作る(作らせる)しかないのだと思う。
家族(親)が本を読む姿を見せるしかないだろう。
そして、ヒトと会話をすることをいとわないこと。
【つけたし】
甥(東京の公立小学校1年生)が冬休みの宿題で、読書+読書感想文を3冊分、
課されたと聞いたが、
読書感想文というより前に、何がどうだったか要約(あらすじ)を書かせるとよいの
読書感想文というより前に、何がどうだったか要約(あらすじ)を書かせるとよいの
ではないかと思った。
気持ちor意見を言う前に、客観的な事象を共有してから、「個人的な意見」を述べること。
これが、社会人になってもできないヒトって、本当にいた(とってもやっかい)。
neco5959 at 00:02|Permalink│Comments(0)